明智光秀生誕の地? 大垣市上石津町の多羅城に行ってみた
お久しぶりです。今年の大河ドラマ“麒麟がくる”は調子いいみたいですねー。先週は本木さんの斎藤道三がヤバいってネットで話題になってましたし。
主人公の明智光秀は岐阜県にゆかりがある人なので、放送1年くらい前からあっちこっちで関連商品が出るわ出るわ(笑)。関ケ原の観光交流館でもいっぱいありましたよ。関ケ原の戦いの時にはとっくに死んでるのに・・・とだけは言っちゃいけないやつ(笑)。まあ、何でも盛り上がるのはいいことです。
光秀生誕の地は、大垣市上石津町だった?
で、その明智さんですが、生まれた場所と言われている場所が岐阜県内だけでも明智町とか可児市とか山県市とか瑞浪とかいっぱいあるらしいんですが、関ケ原町今須のお隣大垣市上石津町も候補?に入っています。なんでも、上石津町の多良地区には、戦国時代より前から多羅城という城があって、そこで光秀が生まれたということが、「明智一族宮城家相伝系図書」(東京大学資料編纂所) とか、「明智系図」(「続群書類従」塙保己)という書物に書いてあると・・・。隣の市だけど聞いたことなかったよ今までそんなの・・・・。
でも、資料館もあるみたいだし、今須から近いのでまあ行ってみることにしました。
いざ!多羅城攻め!!
今須から上石津郷土資料館までは車で30分くらいです。

大河始まったし、さぞかし派手に宣伝してるだろうな~と思っていましたが、・・・うん、特に何もないね。
資料館に相当近づいたらやっとちらほらのぼり旗があって安心。でも、人の気配がない・・・。まあ、平日の昼間だし・・・。
展示内容は、資料館のある場所に建っていた陣屋の資料や、特設と思われる大河関連コーナー、上石津の山と川の生物や植物や石。戦時中の資料、祭り(獅子舞)の資料なんかがあって、僕でも30分くらい滞在できて意外と見ごたえがありました。
でも、いちばん印象に残ったのは、関ケ原町山名(今須の隣の地区)で捕獲されたツキノワグマのはく製でした。思ってたよりでかいんですね、クマ。僕より一回りくらい大きい。これは勝てんわ
で、クマは置いといて、多羅城があったと言われる場所の中の(そこでもまた諸説あり)、地元の方々イチオシかつ滋賀大学の教授お墨付きらしい山城跡に行くことにしました。
資料館から山城跡までは車で5分くらい。遠くからだと普通の山にしか見えません。
山城跡の入り口には、真新しい立派な門があります。ごついな。

しかも、マムシと山ヒルに注意って嫌な感じの注意書きも。横に置いてあるのは地元の有志の方が作ってくれた杖っぽいですが、これは、坂用なのかな、撃退用なのかな・・・。

僕以外誰もいないので不安になってきたけど、行ってみよう!
門を入ると以外にもいきなり急な下りです。これは堀の跡なんでしょうか?
下ると次は急な登りです。嫌がらせか。
基本は杉林の中ですが、迷わないように看板も立っていますし、看板も所所に立っています。
横堀跡 ※敵を防ぐための堀

あー、なんとなく確かに人口的なへこみあるね。
縦堀跡 ※敵を防ぐための堀

ここ、結構登りきつい。足軽で走らされるの嫌だ。
門(虎口跡)※城の入り口

なんとなく・・・道っぽい・・????
櫓台跡 ※櫓があった跡?

ここに展望台あったらよく見えそうだわ、木さえなければ。木が。
井戸跡 ※まんま

見た目は普通に段差かな・・・。
土塁 ※敵を防ぐ土の山

心の目で見たら人工的なのかな・・・
5分くらいで城跡に着いたので満足して帰りました。
山城好きの人なら、堀の跡とかもそれなりに残っているので割と高得点と思いますが、普通の人が見たらあんまりよくわからないかも(笑)。正直、ここで明智光秀が生まれたかどうかは、僕的には・・・ですが、そう思うと夢があっていいですよね。想像は自由だから(笑)。
次のお休みは、上石津町まで戦国時代の夢の跡を見に行ってみませんか?
■周辺情報その他 <上石津郷土資料館>
住所: 〒503-1625 岐阜県大垣市上石津町宮237番地1
電話 0584-45-3639
開館時間 午前9時30分から午後5時(入館受付は午後4時30分まで)
休館日 火曜日 祝日の翌日
入館料が100円かかります
https://www.city.ogaki.lg.jp/0000000714.html
山城までは、看板も立っていますが、資料館の受付の方に申し出ると地図をもらえます。
山城跡は急な坂もありますが、地元の方々がきれいに整備してくれていますし、距離も短いので家族で出かけられると思います。ただ、名古屋城みたいな派手な城をお子さんが期待しないように注意しましょう。あと、色んな意味で夜はやめましょう。
※出典:水都旅 http://www.ogakikanko.jp/akechi/