昔話に出てくる“乳もらい観音”は
今須と柏原を結ぶ旧道にありました
初夏らしい爽やかな天気が続きますね。
新型コロナによる緊急事態宣言中なので、残念ながらお出かけ・・・という訳にはいきません。
今須でも心なしか外に出ている人を見かけるのが減った気がします。(田舎と言っても普段は意外といるんですよ、人(笑)。)
早くいつもの日常が帰ってくることを心から祈っています。
さて、今回ご紹介するのは、今須の昔話にも登場する「乳もらい観音」です。
むかしむかし、ある所に、観音様がありました。
“今須の小林の南の四辻を右へ行くと滋賀県柏原に出るが、その中程に馬頭観音をまつった祠がある。これは人馬の安全息災を祈ったものであるが、いつしか乳の出ない母親が乳のよく出るように詣でるようになった。祭りにはその願いをした人々が供え物をもって参詣するという。”
今須の伝承「上の谷」より
という感じで、今須の昔話として関ケ原町史にも紹介されている“”乳もらい観音“ですが、本の中のお話ではなくて今も実在しているんです。
と言っても、僕の町内では「馬頭観音」と呼ばれていて、”乳もらい観音“と言われていたことは、昔話の本を読んで初めて知りました。
では、早速小林の南の四辻を実際に右に曲がってみましょう。・・・と行きたいところですが、ちょっと今はお出かけはアウトなので、今回は全て以前に撮った別ルートの写真でのご紹介となります。こちらが別ルートの入り口です。

・・・道?
小林ルートが本道っぽいですが、こっちの道(道と言ったら道)も、60年ぐらい前までは、このあたりの集落から柏原に抜ける主要道路だったんだそうです。
でも、今はどちらも広域農道(別名今須ハイウェイ)が整備されたので、訪れる人は林業関係の人ぐらいだそうです。
僕は子供の頃にそんな道があるということだけ聞いたことがありますが、おかんは子供の頃に山仕事?で通ったことがあるとのこと。
道は意外と?整備されていました。杉林に囲まれていますが、うっそうとした密林と言う感じではなく、人の手も入っていて太陽の光も差し込んできます。

でも、

うーん、このサイズは大人?の鹿の足跡ですね。まだ新しそう。
よく見るとこれ以外にも足跡が目につきます。やっぱり主に野生の動物さんたちに使用されているようですね。
道幅は軽トラがギリ通れるくらいでしょうか。もちろんガードレールとかはないですけど。そんで、けっこう急坂です。まあ、山だから仕方ない。
10分くらい上ると、ありました。観音様の祠が。

今では祭りは行われておらず、年に1回町内の掃除があるんですが、それ以外の時も誰かがお参りをしてくれているのかもしれません。きれいに手入れされていましたね。
で、ついでにもうちょっと進んでみたら

分かるけど、もうちょっと他の方法はないもんかね・・・。
そして終了のお知らせ。。。

もうちょっと行くと滋賀らしいです。
歩きだったので越せないことはないんですが、帰ってくるのが面倒くさくなったので行くのをやめました。ここを越えれば柏原まで行けるらしいので、このコロナの外出自粛が終わったらもう一回行って柏原まで通り抜けてみようと・・・・思うかな・・・・。
まあ、焦らずいつかのお楽しみにしておきます。忘れなければ。
しかし、そんなに長時間ではないですがそこそこの登りでしたし、いつ頃まで続いた風習なのかは分からないですが、昔は今ほど道も良くなかったんじゃないかと思います。(本ルートの方も大差ないらしい。)
我が子のためとはいえ、そんなところを出産後の体でわざわざお参りに来るなんて、お母さんの愛ってのはすごいですね。ほんとに。
今回の感想、母は強し
おしまい。
■周辺情報
※基本的に道路は柵でふさがれており、林業関係の方や近隣の方のみが使用しています。また、後から近所の人に今でも柏原側に出れると聞いたには聞いたんですが、いつの話か怪しいですしおじさんのジョークの可能性もあるので色々な意味で下手に行くのはやめましょう。
参考文献:今須の伝承「上の谷」監修 服部真六 岩田巌 編著